展示会でも感じたのですが、最近マスコミでよくいわれるせいでしょうか、若年層の方々 でも老後に関心を持つ人が多くなってきているように思います。 今回の催しは、身体的不自由をいかに介護機器がサポートできるか、という展示でしたか ら、お年寄り、老後に関心のある人のみならず、身体障害者の方及び、介護者、そして医療関係者も多数こられていました。その中を、我々二人組も負けじと、目を、鵜の目、鷹の目にして広い会場を観てまわったのです。そこで感じたことの一つに、関心を持つ、ということがありました。 我々の関心は、アイ設備の業務に関連のありそうなブースを探して歩き、情報を集めると いう事が主で、係員に説明に来られるのがうっとうしい、という気持ちでした。 又、医療関係者のなかには、レクリエーション気分の方も多く(独断ですが)、このような見方もあるなと納得させられました。 しかしそういった中で、身体障害者の方と、今実際に介護をなさっているであろうと見受けられる方々は、はっきりした目的意識を持ち、各ブースをまわってられるように感じたのでした。機器に対する係員への説明要求の厳しさ、実際に体験してみようとするねばり強い積極性。それは近くにいた私に、その姿を美しいという言葉以外には何もないと感じさせました。その方々を目にしながら思ったのですが、老後に関心を持つ、という事はどういうことかと。 “身体的に限っても、老後ということに関して多くの人は 漠然としたイメージでしかとらえられていない” 老後は確実に誰にでも来る現実で、年金とか、介護保険とかの話題が世相になっていると いうことは、誰しもが気になっているし、どうしようかと考えていることです。 自分自身の問題であるのに、現実感が伴わず、何か別の世界の話という意識も心の中に同居している。 核家族化の進んだ家庭で老いのモデルもなく、老後を考える難しさを痛感した一日でした。 記:南野秀明 |